平谷村の祭り情報





4月17日(日)、平谷村に江戸時代から伝わる伝統の行事「大鍬様」が行なわれました。

16日深夜、青年団を中心とした「宵祭り」が行なわれた後、17日はとっても良い天気の中で、村中をあげて賑やかに行なわれました。

この祭りは、寛保2年(1742年)2月に、伊勢豊受大神を神輿に乗せて街道の村々を回って、一日ずつ祭りをしてきたことから始まりました。すなわち、大鍬様は、街道送りをしてきた神様でなのです。

村送りの神は、東海道・中山道・伊那街道と継がれてきましたが、幕府に気兼ねした関所では、東海道では新井の関所で、伊那街道では浪合の関所で、それぞれ通過不可となりました。したがって、祭りの神輿は平谷止まりとなりました。

江戸時代には、百姓庶民は娯楽慰安が少ないので、この祭り神輿が村に来ると、熱狂的な歓迎をしました。

杉の枝で飾られた神輿を取り巻いて、大旗小旗を押し立て、笛や太鼓ではやしながら大騒ぎをして街道を歩きました。

この祭りの面影が今日でも原型として残っています。
御神体を乗せた神輿(左)
3年前に復活し、新調した屋台と鍬形(右)  



17日は、午前10時から新町自治会を皮切りに、御神体を乗せた神輿を中心とした大鍬様の行列が、青年団の先導により、村内の各自治会をリレー方式で引き継がれました。

昔は、各自治会でそれぞれ年ごとに祭り宿が決められていて、酒宴と余興で2日間は大騒ぎでしたが、現在では、各自治会ごとに集会所ができて、祭り宿は民家を借りることなく、全ての集会所で行なうようになりました。

神輿は、笛や太鼓に合わせて「ヤート、ヤート」と叫びながら、自治会ごとに中間地点まで送迎します。

新町自治会 西町自治会
中町自治会 入川・旭町自治会
集会所の中では、御神体の幣束を取り出してお祓いをします。

各自治会の代表者が茶碗の中に銅貨を入れ、布で包んで神楽の鈴に似せて振ります。また、片手では、御神体の幣束を振ります。

神楽舞の形で座敷中を踊るのが祭りのクライマックスです。
その時に一般の人たちは、「ニワトリ食ッタカ、ヨウ舞ウヨウ舞ウ」とはやしたてます。
これがお祓いで、終わると御神体の幣束を神輿の中に収め、次の町に担がれていきます。
向町自治会 中平自治会
柳平自治会 平松自治会
午後3時過ぎ、祭りのリレーは、最後の平松自治会にたどり着きました。

この後、青年団の手によって、御神体は諏訪神社に返納され、祭りは幕を閉じました。





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