平谷村の特色ある伝統行事





毎年、7月14日には平谷村の伝統行事「お津島様(おつしまさま)」が各戸で行われます。
その昔、慶応2年(1866年)から明治元年(1870年)にかけて、平谷村では「天然痘」と「風疹」が併発流行し、人々が大変苦しめられました。明治元年には18人、明治3年には19人の方の尊い命が奪われたそうです。

医療技術が発達していなかった時代に、山間の村では神に祈るしかなく、明治元年(1870年)に、厄病除けの神として「津島牛頭天皇」の碑が建立されました。

現在でも、健康体を保持するための行事として、各戸で縁側にお供え物をして、ロウソクに火をつけてお津島様を祭ります。また、この夜は、寺前の津島牛頭天皇の碑へ参拝します。

各戸では山から白樺の木を切ってきて、その枝先を切ってロウソクを立て、燈明台の代わりにします。
最近では、ロウソクとともに、小さな提灯をつるす家もあります。
縁側には、その時期にとれた野菜を供え、花を飾ります。

夜になると、枝先につけられたロウソクに灯をともします。
各戸の家の前で灯がともされると、町中が美しい夜景を作り出します。
今日は、夕方まで無風状態でしたが、灯をともす頃になると少し風が出たため、町並みの様子は撮影できませんでした。



 川原飯(かわらめし)
翌日は、子どもが川原へ出てかまどを作り、ご飯を炊いて食べます。
これを「川原飯(かわらめし)」といい、残りのご飯を家に持ち帰って食べると夏病みをしないと伝えられています。
川原で炊くご飯は、味付けに醤油を入れる程度の質素なもので、ご馳走を作るわけではありません。
川原飯の由来には二説あります。
一説は、医療施設の不完全な時代に家の中で疫病が発生した時、感染を避けて川原へ出て炊事したことの名残りであるとするもの。他説は、天日の消毒を受けた所で炊事するので丈夫になるというものです。
現在では、この「川原飯」は行われなくなってきています。


引用 「平谷村誌(上巻)」 特色ある平谷村の行事




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